2011年7月24日日曜日

アナログテレビの思い出


アナログ停波(3県を除く)に伴い、テレビの思い出を少し。


白黒のひょっこりひょうたん島

わたしの身の回りにおけるもっとも古いテレビエピソードは、親父が子供のころの話だ。

親父が子供のころ、村にテレビが一台来たそうだ。白黒で当時はひょっこりひょうたん島が放送されていたらしい。

親父を含めた近所の子供はひょっこりひょうたん島を目当てにその家庭の軒先に集まっていたそうだ。

ところがその家庭の子供が窓の内側に現れるとカーテンを閉めて見せなかったらしい。子供特有の意地悪というかなんというか。

わたしも親父もなぜそんな意地悪をするのか理解できなかったが、親父が今でもひょっこりひょうたん島が流れるのを見るとそのときのことが思い出されてイライラするのだという。

子供のやったことだし、youtubeで見られる(http://www.youtube.com/watch?v=gJlZnlsJGlg)のだからもう許してやればいい。


チャンネル争い

祖父が生きていた頃、よく祖父と弟がチャンネル争いをしていたのを思い出す。

相撲とトム&ジェリーだ。当然、相撲が勝ち、弟は番組の時間が終わって泣いてしまう。泣きつかれた頃が夕食だ。

わたしと弟がけんかをするとよく弟が泣くのだが、祖父は泣きやまない弟をぶって、「男は泣くな!」と余計に泣かしていたのを思い出す。

しかし、祖父とのチャンネル争いに負けて泣く弟を、祖父が追い討ちして責めることはなかった。これがテレビの魔力なのだろうか。


多チャンネル視聴

親父は典型的なテレビ好きで、居間にアナログテレビを3台積み、よくいろんなチャンネルを同時に視聴していた。

それは親父以外の他の家族にはじゃまくさいひと時だったが家長が満足するならと、家族だれも何も言わなかった。

親父がいない茶の間で3台同時に点くことは決してない。電気代がかかるからだ。

そのうち、一台で多チャンネル視聴する機能を持ったテレビが発売されたが、3台も設置せずにおけば浮いた電気代でそのテレビ1台を買えたと思う。


となりのトトロの頃

1980年代、ビデオ録画がすでにテレビを駆逐していたと思う。

当時テレビ放送でとなりのトトロが放映され、我が家でもビデオに録画した。

録画されたビデオは何百回と再生された。

「とうもころし」や「め゛~ぃぢゃ~ん」は今でも暗記している。

しかしこれはテレビではなく、ビデオの恩恵ではないか。

テレビから得るものは録画の権利で、視聴の権利はゆるくなった。

また、ビデオ録画のころは、録画したら必ず見るものだった。

HDDレコーダーになって、録画はしたけど視聴しなくてもいいシロモノになった。

テレビどころか、映像コンテンツすら衰退してきたと思う。

Youtubeが出てきて、映像コンテンツが大量に手に入るようになった。

ユーザの評価、ホットな映像もわかるようになった。

テレビは・・・一部のモノ好きな人が見るお金のずいぶんかかったコンテンツとなった。


テレビと映画

「一部のモノ好きな人が見るお金のずいぶんかかったコンテンツ」には映画という場があった。

テレビを視聴するためにはテレビとアンテナと電気が必要だが、映画はその場所に行って、お金を払えば視聴できる。

人気の映画は数ヶ月後にはテレビで見られる。そのために映画館に行かない人もいる。

有料だが、ビデオやDVDも公開される。映画はまだ生きていけると思う。

テレビも一部、ビデオやDVDになってロングセラー化する。デジタルになるとこのあたりの効率が良くなると思う。

電話が携帯電話に進化したようなイノベーションの可能性を予見させる。

決して、本が電子書籍になるような進みの遅い事態にはならないでほしい。


デジタルにお願いしたいこと

地デジ化で情報量が増える。電波量は減る。双方向になる。

そんなのは何でも構わない。

これらの思い出は主にわたしとわたしの家族とのエピソードだが、すべて「アナログ」というキーワードで思い出したものである。

今日のようなアナログ放送の停波みたいなキリのいい日には、デジタル化された思い出を、オートマチックに視聴させてもらいたいと思う。

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